たまごかけごはん専門店「但熊」の誕生
但熊の開業を手がけたのは、西垣養鶏場の西垣源正です。西垣は、日々生産している卵とお米のおいしさに自信を持っていました。そんな折、島根県でたまごかけごはん専用の醤油が発売されたことをきっかけに、たまごかけごはんを専門に提供する店を開くことを思い立ちました。
当時、たまごかけごはんだけを専門に扱う店を開くことには、周囲から反対の声もありました。しかし、西垣は「安くて本当においしいなら、人は来る」という信念を持ち、2006年に但熊を開店しました。
店名には、ツキノワグマも生息するほど自然豊かな但馬地方という意味が込められています。豊かな自然の中で育まれた食材を生かし、地域の魅力を伝える店として歩み始めました。
素材の味を楽しむ看板メニュー
但熊の看板メニューは、たまごかけごはんに味噌汁と漬物が付いた定食です。卵とご飯という身近な食材を中心にしたシンプルな料理だからこそ、それぞれの素材の品質や組み合わせが味わいを左右します。
開店当初、西垣はこの定食を200円で提供したいと考えていましたが、店長の反対もあり、最終的には350円で販売することになりました。当初は赤字が続いたものの、テレビ番組で紹介されたことをきっかけに人気が広がり、多くの人が訪れるようになりました。同じ時期に起こったたまごかけごはんブームも、店の知名度を高める追い風となりました。
店内には複数の醤油や薬味が用意されており、好みに合わせて味を変えながら楽しめます。卵とご飯の組み合わせを基本に、自分だけのお気に入りの味を見つけられるのも、但熊ならではの楽しみです。
ブランド卵「げんちゃんのクリタマ」へのこだわり
但熊で提供される卵には、西垣養鶏場が生産するブランド卵「げんちゃんのクリタマ」が使われています。卵のおいしさを支えているのが、鶏の品種や飼育方法、そして飼料へのこだわりです。
クリタマを産む鶏は「ゴトウモミジ」という品種で、ひよこの段階から丁寧に育てられています。飼料には、炭、魚粉、生米ぬか、トウモロコシなど、25種類の素材を配合しています。こうした工夫を重ねながら、養鶏場独自のブランド卵を生産しています。
地域の養鶏場が次々と廃業するなか、西垣養鶏場は但東町に残る養鶏場として卵の生産を続けてきました。クリタマは、地域の養鶏業を守りながら独自の商品価値を育ててきた取り組みの象徴でもあります。
但東町産のお米「夢ごこち」
卵と並んで、但熊のたまごかけごはんを支えているのが、ご飯に使われる但東町産の「夢ごこち」です。夢ごこちは、コシヒカリ同士を交配させ、突然変異によって生まれた品種とされ、しっとりとした粘りが特徴です。
栽培には鶏糞を肥料として使用しており、地域の養鶏業と農業がつながる点も特徴です。その味わいは、魚沼産のコシヒカリにも負けないと評されています。こだわりの卵と地元産のお米を組み合わせることで、素材それぞれの持ち味を生かしたたまごかけごはんが生まれています。
卵を使った多彩なメニュー
但熊では、定番のたまごかけごはん定食のほか、オムレツなどの卵料理も提供されています。卵そのもののおいしさを味わうだけでなく、調理方法によって異なる食感や風味を楽しめるのも魅力です。
新鮮な卵を生産する養鶏場が手がける店だからこそ、卵の持ち味を生かした料理を味わえることが、訪れる人々を引きつけています。
農産物直売所「百笑館」の歩み
但熊の周辺には、地元の農産物や卵、お米などを販売する直売所「百笑館」があります。その取り組みは、1996年に5人の共同事業者を募り、町内に農産物直売所を開設したことから始まりました。
2001年には、現在の国道426号線沿いに移転し、野菜直売所として百笑館を開業しました。地元で採れた新鮮な野菜は口コミで評判が広がり、順調に販売を伸ばしました。一方、自家製米の販売には苦戦していましたが、2006年に但熊が開店すると、店を訪れる人が増え、百笑館の売上も大きく伸びました。
百笑館では、卵やお米のほか、地元農家が育てた野菜などを購入できます。食事とあわせて立ち寄れば、但東町の農産物や地域の食文化に触れることができます。
スイーツ専門店「但熊弐番館」
2010年には、西垣養鶏場の卵を使ったスイーツ専門店「但熊弐番館」が開業しました。自社で生産した卵を、たまごかけごはんだけでなくスイーツにも活用することで、卵の新たな魅力を引き出しています。
但熊弐番館は、農産物の生産から加工、販売までを一体的に進める取り組みの一環として発展してきました。店舗の2階にはガラス張りの展望スペースが設けられており、周囲の山々を360度見渡しながらスイーツを楽しめる設計となっています。
たまごかけごはんを味わった後にスイーツを楽しんだり、百笑館で地元の農産物を選んだりと、但熊を中心に食の楽しみを広げられるのが魅力です。
生産から販売までをつなぐ六次産業化
但熊、百笑館、但熊弐番館の取り組みは、農畜産物の生産だけでなく、加工や流通、販売までを一体的に進める「六次産業化」の事例として評価されています。養鶏場で生産した卵を飲食店やスイーツ店で活用し、地域の農産物とともに販売することで、食材の価値を高めながら地域経済への貢献を目指しています。
この取り組みが評価され、但熊は2011年(平成23年)、平成23年度農林水産祭の畜産部門で天皇杯を受賞しました。養鶏業を基盤に、飲食店や直売所、スイーツ専門店へと事業を広げたことが、全国的にも注目されるモデルとなりました。
但東町の養鶏業と地域への貢献
但熊がある但東町は、山々に囲まれた自然豊かな地域です。戦前は製炭や養蚕、畜産などが盛んで、戦後には養鶏が主要な産業の一つとなりました。西垣源正は1969年に家業の養鶏場に就職し、地域の養鶏業に携わってきました。
その後、周辺の養鶏場が次々と廃業するなか、西垣養鶏場は卵の生産を継続し、ブランド卵の開発や販売に取り組みました。但熊の開業は、養鶏場の卵を直接消費者に届ける新たな道を切り開き、地域の農業や食文化を伝える役割も担っています。
2020年9月、西垣は社長の座を娘婿の平岡康寛に譲り、自身は取締役に就任しました。社長退任後も、国道沿いの草刈りや獣害防止網の維持管理など、地域の環境整備に取り組んでいます。また、同年11月には、六次産業化の先駆者としての功績が評価され、旭日双光章を受章しました。
自然と食の魅力を楽しめる但熊
たまごかけごはん専門店「但熊」は、こだわりの卵と地元産のお米を味わえる人気店であると同時に、但東町の養鶏業や農業の歩みを伝える場所でもあります。看板メニューのたまごかけごはんを中心に、卵料理やスイーツ、地元農産物の買い物まで楽しめます。
山々に囲まれた但東町の自然を感じながら、地域で育まれた食材のおいしさを堪能できるのが魅力です。城崎温泉や出石など但馬地方を巡る旅では、少し足を延ばして但熊に立ち寄り、シンプルだからこそ奥深いたまごかけごはんを味わってみてはいかがでしょうか。